検閲前夜のひらログ

おひまつぶしになれば、さいわいです。

私はやせたかった

 やせていることはすなわち美しいとまったく思わなくなってから私は勝手にやせはじめた。両者のあいだにはなんの相関もないが、人生だなあ、とひとり納得している。傘を忘れると雨が降る、だれにも会わない日は前髪がじょうずに巻ける、そういう種類の味わいがあるできごとだった。

 やせていて美しいと感じる人は大勢いる。ただ、その人が単にやせているから美しいとは思わない。友人が「やせたい」とこぼすのを聞くと、「やめてくれ、そんなにチャーミングなのになぜ変わろうとするんだ」と「でも私のためにかわいくしているわけじゃないからね、私の好みは関係ない」とのはざまで揺れる内心を隠して、「そっかあ、そのまま、いいと思うけどな、でも自分の見た目、自分で気に入りたいよね」とかなんとか答える。あるいは、スレンダーですてきな人に会っても、本人が自身の体型をどう捉えているかわからないかぎりは、なにも言わない。容姿に関しては、親密でないかぎり言及しないのが、間違いのないやりかただ。

 思春期を抜け出してから、食べることに対して一切の罪悪感を抱かなくなった。深夜のチョコレートから背徳の調べなるものは聞こえてこない。それでいい。かつて私はやせたかった。もう、かつての話だ。