検閲前夜のひらログ

おひまつぶしになれば、さいわいです。

ともしび

 外出の「自粛」を「要請」されて以来、最愛の宇宙人といちども会わない。そろそろ、空白の最長記録を樹立したころだと思う。目下、愛をささやくすべとしては、チャットか通話か文通か。ひととおり試したうえで、このごろはビデオ通話が気に入っている。

 あなたといると、ヒューマンリレーションズがほんらい苦痛にみちみちたものであるということをすっかり忘れてしまうよ──と私は画面上の彼に告げた。先週の、愛のささやきである。つまり私は、仕事自体おもしろくないこともないが、職場というものに疲れていた(くりかえすが、「仕事がおもしろくなくない」ところまで漕ぎ着けたのは、前職をかえりみれば大躍進といってさしつかえない)。

 どこへゆこうと同じことを言いだすに違いないということには、二社目を経験して気づいている。べつに、職場における他人たちとの関係がことさら劣悪というわけではない。では、なにが苦痛か。〈会社に所属する〉とは〈好むと好まざるとに関わらず他人たちと関係を結ぶ〉ことにほかならない、というだけの自然な状態に、私は耐えられないのである。ヒューマンリレーションズそのものではなく、ヒューマンリレーションズを強制されるのが苦痛というのが正しい。

 切断の自由なきヒューマンリレーションズ。そりゃあ、だれだっていやだろう。とはいえイヤイヤ度合いはさまざまだ。かつての私には、仕事におもしろみを感じなかったこともあいまって、通院を必要とするほどだめだったのだ(前職に「悪意のある人間」なんて、ひとりもいなかった)。またそうなりたくない。切実なるわがままである。

 それで、転職は根本的解決たりえない、と思い直して、転職のための勉強をやめた。根本的解決とはなんだ。頭を治すとかになるのかな。それは、すなわち死みたいなにおいがただよってくるので、もうすこし妥当な線として「いやなことをやめる」、これも無能の私には非現実的なので次点として「いやなことで頭を占めずにすむくらいおもしろみのあることに精を出す」を打ち立てた。月並みながら「趣味に生きる」という標語を採用して、なんとか生活をあきらめないことにした。まただめそうだったら、そのときにやめたらよろしい。

 生計を立てられる水準に程遠くても、アルバイト代未満でもかまわない。自身の書いたものや描いたものを売ってみたい。いまは、そんな思いつきがこころのともしびとなっている。けっきょくのところ、どこまでも書くことが好きであるらしい。