検閲前夜のひらログ

おひまつぶしになれば、さいわいです。

散骨

 ただでさえ少ない友人にぜんぜん会えないうえに、Twitterからも離れている、となると、なんでもない話をする場所って最愛の宇宙人かここしかない。しばらく、なんでもない話ばっかりしていそう。

 散骨について調べていたところ、「散骨 よくない」とGoogleにサジェストされる。環境とか法律上の問題かな? と思いながら上位の検索結果をひらくと、「遺族どうしのトラブルを招くから」というのが答えだった。遺書に、周囲を納得させる理由を書かずに散骨とだけ指定すると、死んだあとやっかいなことになるらしい。たとえば、子どもは親の遺言に従って散骨を選んだのに、周囲が「墓もないのにどうやって偲べばいいのか」「残酷なことを」と反発するとか。子どもも後悔するかもしれないとか。

 その記事は「残された人のことまで考えましょう」みたいに締めくくられており、私はひとり「は、だる」とふだんつかわないことばで呻いた。死は救済じゃないじゃん。誕生が不本意なら生存も不随意、で、死後も「人のことを考えて」。死んでるのに。葬式も墓地もまったくもって故人その人のためにあるものではないと、そのくらいのことは体感としてずっとわかっていたけれど。

 まあ、私に子孫はない予定だから、「わがまま」を通したところで、怒ったり悲しんだりする人もないか。なきあとは、あとかたもなくなりたいな。